高松家庭裁判所土庄出張所 昭和45年(家)54号 審判 1971年4月03日
申立人 山口良江(仮名)
相手方 三橋照夫(仮名)
事件本人 三橋順一郎(仮名) 昭三九・二・一三生
主文
事件本人の親権者を相手方より申立人に変更する。
理由
当裁判所は、筆頭者三橋照夫の戸籍謄本、家庭裁判所調査官の調査報告書、申立人に対する審問の結果、検察事務官大部登作成の前科調書、坂出市立○○小学校の回答書、当庁昭和四二年(家イ)第一二号事件記録等を総合して次の事実を認定し、右認定にかかる事実関係の下では後に述べるとおり事件本人の親権者を相手方より申立人に変更するのが相当であると思料せられるので本件申立を認容し主文のとおり審判する。
一 申立人と相手方は昭和三八年八月二三日婚姻し、双方の間には長男順一郎長女昭子の二子があつた。
二 相手方は性粗暴で、酒を好み、結婚後も大酒が続くため借金がかさみ、夫婦としての落着いた生活も全然望めないため、申立人は次第に相手方に失望し、又相手方が「出稼に行くから実家に帰つているように」など言つたのでついに昭和四一年六月二児を連れて家を出、実家で生活するようになつた。
三 右のようにして申立人は相手方と別居したが、従前の苦労を思うと、申立人としてはこれ以上相手方との夫婦生活を続ける気にはなれず、昭和四二年八月一日当庁に離婚調停の申立をした。
四 右調停の進行中、相手方は「従前の生活態度をあらため、毎月一万五、〇〇〇円の仕送りもするから、しばらく調停の進行を中止し様子をみてくれ」との旨の申出をなし、調停委員会もこれを諒承し、約六か月間調停を進めないでいたが、その間相手方は毎月二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円の仕送りをするのみで、約束を履行せず、従前の生活態度をあらためないので、昭和四三年三月二一日調停手続を再開し、その後同年四月一六日離婚の調停が成立した。
五 右調停成立の際最も問題になつたのは長男順一郎の親権者をどちらにするかにあつたが、申立人は、相手方の強い主張に対し一歩を譲り、右順一郎の親権者を相手方とすることに同意したものの、直ちに順一郎を引渡す気になれず、監護権だけでも自分の方に認めて貰いたい、と主張し、結局相手方から申立人に対し支払うことにきまつた慰藉料等金六〇万円の支払と関連させ、長男順一郎の親権者を相手方、監護者を申立人とするが相手方が二年半後に支払うべき右金六〇万円の支払を完了したときは、順一郎の監護者を申立人から相手方に変更し、同人を相手方に引渡す、という趣旨で、順一郎の親権及び監護権の問題は解決したものであり、右解決のねらいは、二年半もすれば順一郎もかなり成長し、これを引渡す際の申立人側の不びんの感情も薄らぐであろうということと、相手方が二年半の間に右金六〇万円の支払資金をつくるには、従来の生活態度をあらため、勤勉検約にしなければならないので、相手方の地道な働きによつてこの六〇万円を期限内に完済させ、申立人の債権の満足を得させるとともに、二年半に亘る善行保持を基礎に、申立人の相手方に対する信頼感を醸成させ、順一郎を引渡すことに対する不安を除こうということにあつたのである。
六 以上の次第で申立人と相手方は調停により離婚し、事件本人順一郎の親権者は相手方、その監護者は中立人と定められ、その後二年半が経過したが、相手方は期待に反して勤検貯蓄に励まず、期限が来ても中立人に前記金六〇万円の支払をせず、従来の飲酒癖並びに粗暴傾向は改善されなかつた。
七 ここにおいて申立人は本件親権者変更の申立をしたものであるが、申立人は祖母、母および長女昭子(事件本人の妹で右離婚の際申立人がその親権者となつたもの)とともに肩書住所で生活し、事件本人順一郎は兄安田光男のところへ委託し、養育して貰つている。それと言うのは、申立人と相手方間の離婚調停前、相手方と別居した申立人が、相手方の仕送りもなく二人の子をかかえて困却していたところ、兄安田光男がそれを見かねて好意上事件本人を引取り面倒をみてくれるようになり、右調停成立後も、申立人の収入が月二万二、〇〇〇円程度で(○○観光開発のウエイトレスとして勤務)、生活が楽でないところから、引続き兄の好意に甘え、事件本人の養育をこれに委託しているのであり、今後も当分この状態が続く見込である。
八 申立人の兄安田光男は、坂出市内○○鋼業の工員で月収七万円位あり、妻初子との間に子がないこともあつて、事件本人を愛し、初子も素直円満な人柄で事件本人に愛情を持つており、事件本人は極めて安定した環境の下に生活しており、坂出市立○○小学校の生徒として出席良好、学習態度も真面目である。
九 相手方は昭和四五年始頃から小豆郡○○町○○の土建業小宮幸之助方に人夫として住込で稼働しており、月収七万円から八万円位あり、雇主からはよく働くと好意的な評価を受けているが、前記のように酒癖および粗暴傾向があり、これだけ収入がありながら前記六〇万円の支払を全然しないところから申立人の信頼を失つている。
一〇 以上の次第で住込稼働中の相手方が事件本人を引取つて養育するということは相当でないし、かりに相手方が引取つたうえ、自己の父母にその養育を委託するとしても、(相手方の母は、孫である事件本人を手許で養育したいとの希望を一応示している)、それが事件本人の現在の安定した環境に勝るものかどうか疑問であり、むしろ安田光男に引続きこれを養育させるのが事件本人の福祉にかなうものであると思料せられる。
一一 そうだとすると現状は当初の予定のように事件本人の監護者を相手方に変更し得るような事情ではないし、さりとてこれ以上親権者の虚名を相手方に与え、子に対する親権(監護権を除いた)と監護権とをその父母が分有するという状態を継続すべき必要性もないと思料せられる。相手方が事件本人の通つていた幼稚園を訪れ無理にこれを連れ帰ろうとし、申立人や安田光男に不安を与えたこともあるのでむしろこの際事件本人の親権者を実際に監護教育している(兄安田光男に委託してではあるが)申立人に変更し、申立人側において安心して事件本人の監護教育に専念できるようにするのが、事件本人の福祉にかなう所以であると考えられる。
よつて本件申立を認容し主文のとおり審判するものである。
(家事審判官 宮崎順平)